
福井駅からキハ120形戦国ラッピング車両で目的地の駅へやってきました。
一乗谷です。
戦国時代合戦の馬の代わりに列車が走るなんて、当時は考えられなかったでしょうね。
それにしても里山の駅に1両のキハが停車する風景は絵になります。


戦国大名朝倉氏がその時代の最先端をゆく街をつくりだし豊かな町民文化がはぐくまれた地です。
ホームからの階段を降りるとようこその文字と、地域の案内板。
駅から小道に出ると立派な建物が見えました。

駅から歩いて5分ほど、一乗谷朝倉氏遺跡博物館です。
そうなんです、一乗谷は半世紀以上の発掘調査が進み、その遺跡を博物館とバスで5分ほどの遺構で観て学び感じ取れる場所でした。


博物館入口では、発掘調査で出土した遺物にもとづいたキャラ・シシカゲがお出迎え。
館内に入ると、一乗小学校の5,6年生が観光大使として描い大きい絵がお出迎えしてくれました。ナカナカの力作、左上に九頭竜線の列車いるのがポイント高いですね。


そしてそんな1階には一乗谷空撮大写真や実際の遺構が保存されています。
特に幅20mくらいの規模で保存されている石敷遺構には驚き。
この博物館建設時に見つかったものをそのまま室内保存してあるんです。
空撮写真の下部、川沿いにあたります。
戦国時代に川を使って物が出入りしていたんですね。ちなみに川は11日の記事で登場した駅名と同じ足羽川と言います、

そして博物館の2階。
おおっ、時代劇TVでみたことあるような石を屋根にのせた家々ではないですか。


戦国時代の一乗谷の街並みです。
それもなんというスケール!
城下町を再現した巨大ジオラマが凄すぎです。

ジオラマの周りには100万点を超える出土品を整理区分した展示があります。
鉄砲職人に係る展示など戦国時代を実感するもの多々。

なによりも印象に残ったのは豊かな町民文化です。
現代にも通じる町人の1日過ごし方など、文化的な生活が成立していたんですね。
戦国の荒波にのみ込まれなかったらもの凄い栄華を極めたのではないでしょうか。
その他、当主・朝倉館の復元など、朝倉氏遺跡の全容を理解して、いざ実際の一乗谷へ。

緑濃い山々と稲穂の間に踏み切り。
博物館から現地へのバス停に向かう途中で出会った踏切風景がのどかでいい感じでした。


バス停も雰囲気あります。
振り返ると左側に博物館、道をはさんだ右側に以前の博物館が見えました。
特別史跡や重要文化財に指定されている一乗谷です。それに相応しい施設が整備されていました。


平日だったので1時間半に1本程度の路線バスで10分弱。
緑グラデーションの中にある朝倉鄭遺跡の門など雰囲気ありました。
一乗谷の中心部、ポツンと置かれたバス停の先に、博物館で再現された城下を頭の中で重ねます。

そんな一乗谷を横切るようにバスがやってきました。
豊かな町民文化を作り上げた朝倉氏の栄華を、現代に引き継いだような福井市へ戻ります。
